新山清遺作集 木石の詩
新山清遺作集 木石の詩
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新山清の生前作品をまとめた遺作集『木石の詩』。1969年5月に新山が急逝した後、生前に親交のあった写真家たちによって遺作展が企画され、ペンタックスギャラリーでの展示を経て、翌1970年に刊行された写真集。40図版を収録する。
1936年、パーレットカメラ同人会に所属して写真活動を開始。理化学研究所ではカメラ設計にも携わり、戦後は全日本写真連盟や東京写真研究会でアマチュア写真家の指導を続けた。1958年には旭光学へ入社し、東京サービスセンター所長を務めながら撮影を続けている。
本書では、パーレット時代、松山時代、旭光学時代など、新山の活動を年代ごとにたどりながら作品を構成。枯木、樹木、石、干潟、街や人物などが白黒写真で収められている。濱谷浩は新山の写真について、造形性を持ちながらも被写体への感情移入が強く、そこに日本的な表現が現れていたと振り返っている。プリントの仕上がりにも強いこだわりを持ち、引伸しを創作の最終段階として重視していたことも、寄稿文からうかがえる。
秋山青磁、岩間倶久、植田正治、濱谷浩、緑川洋一らによる追悼文を収録。カメラ設計者としての新山、写真仲間としての新山、そして木や石を繰り返し見つめた写真家としての新山が、それぞれの記憶から立ち上がってくる。新山の作品と、その周囲にいた人々の言葉を一冊にまとめた遺作集。『The Japanese Photobook 1912–1990』収録。
[タイトル] 新山清遺作集 木石の詩
[出版元] 新山洋一
[出版年月日] 1970年5月10日
[ページ数] 60頁
[図版] 40点
[大きさ] 約230*209*8mm / 290g
[フォーマット] ソフトカバー
[言語] 日本語
[タイトルよみ] ニイヤマ キヨシ イサクシュウ モクセキ ノ ウタ
[著者・編者等] 新山清 / 写真、秋山青磁、岩間倶久、植田正治、濱谷浩、緑川洋一ほか / 寄稿
[印刷・製本] -
[ISBN] -
[状態] 中古【4】並〜並下(背少イタミ補修・一部欠損箇所あり、背ヤケ、裏表紙スレヨゴレ、三方少シミ、見返しに書店シール貼付)
[付属品] -
[掲載本] The Japanese Photobook 1912–1990
[関連展覧会] 「木石の詩」新山清遺作展 1969年 ペンタックスギャラリー
新山清(にいやま・きよし)1911–1969
1911年、愛媛県生まれ。写真家。
東京電気専門学校卒業後、1935年に理化学研究所へ入社。1936年、パーレット6.3判カメラで写真を始め、パーレット同人会に所属。国内の写真雑誌、サロン、国画展、二科展などへ作品を発表し、ロンドン、パリのサロンやアメリカの写真コンテストにも入選した。
理化学研究所ではカメラの設計にも携わり、国産カメラ「GOKOKU」の試作に関わったことが、岩間倶久の追悼文に記されている。その後、全日本写真連盟役員、東京写真研究会審査員などを務め、全国のアマチュア写真家の指導にも携わった。
1958年に旭光学へ入社し、東京サービスセンター所長に就任。仕事を続けながら写真制作を続け、枯木、樹木、石、干潟、風景、人物などを撮影した。プリントの引伸しにも強くこだわり、撮影だけでなく最終的な印画までを作品制作として捉えていた。
1969年春には台湾を訪れて撮影を行い、徐清波による台湾での写真が最後の遺影となった。同年5月13日逝去。
< Related Figures >
植田正治
濱谷浩
緑川洋一
鈴木八郎
秋山青磁
岩間倶久
徐清波
Otto Steinert
