名取洋之助と日本工房 1931–45 報道写真とグラフィック・デザインの青春時代
名取洋之助と日本工房 1931–45 報道写真とグラフィック・デザインの青春時代
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写真家・編集者の名取洋之助と、彼が率いた制作集団「日本工房」の1931年から1945年までの活動を検証する展覧会図録。2006年に福島県立美術館で開催され、その後、川崎市市民ミュージアム、足利市立美術館、長崎県美術館を巡回した展覧会にあわせて刊行された。
ドイツで報道写真とデザインの実務を学んだ名取は、1933年、木村伊兵衛、原弘、伊奈信男らと日本工房を設立。写真、文章、レイアウト、印刷を統合する編集手法を日本へ持ち込み、海外向けグラフ誌『NIPPON』をはじめとする出版物を制作した。土門拳、河野鷹思、亀倉雄策、小柳次一、藤本四八ら、戦後の写真とデザインを担う人材もその周辺から育っている。
本書は『NIPPON』を軸に、『COMMERCE JAPAN』『SHANGHAI』『CANTON』『MANCHOUKUO』『EASTERN ASIA』、国際文化振興会との仕事、国際報道工芸が制作した従軍記録写真集などを年代順に収録。報道写真とグラフィックデザインの発展だけでなく、日本工房の仕事が対外文化宣伝や軍の報道活動へ組み込まれていった過程も、出版物、写真、証言、関連資料からたどっている。
若い写真家やデザイナーが協働し、新しい視覚表現を模索した制作現場。その自由な雰囲気が、戦時体制の強化とともに国家宣伝の組織へ接続され、やがて拡散と消耗へ向かうまでを描く。熊田千佳慕による折り本『日本』の制作秘話、藤本四八へのインタビュー「COMMERCE JAPAN創刊の頃」なども掲載。戦前日本の報道写真、編集、印刷、プロパガンダの複雑な関係を考えるための資料性の高い一冊。
[タイトル] 名取洋之助と日本工房 1931–45 報道写真とグラフィック・デザインの青春時代
[出版元] 毎日新聞社
[出版年月日] 2006年2月11日
[ページ数] 176頁
[大きさ] 約227*296*16mm / 886g
[フォーマット] ソフトカバー
[言語] 日本語
[タイトルよみ] ナトリヨウノスケトニッポンコウボウ 1931-45 ホウドウシャシントグラフィック・デザインノセイシュンジダイ
[著者・編者等] 白山眞理(日本カメラ博物館)/編集、堀宣雄/編集 梯耕治/デザイン
[印刷] 大日本印刷/印刷
[ISBN] -
[状態] 中古 【7】並上(角僅かにキズ)
[付属品] -
[掲載本] -
[関連展覧会] 「名取洋之助と日本工房 1931–45 報道写真とグラフィック・デザインの青春時代」福島県立美術館ほか/2006年
名取洋之助(なとりようのすけ)1910–1962
東京生まれ。写真家、編集者。
ドイツ滞在中に写真とデザインを学び、グラフ雑誌への写真提供を通して報道写真家として活動。ベルリンの出版社ウルシュタイン社の契約写真家となり、ヨーロッパ各地や満洲、日本を取材した。
1933年に帰国し、木村伊兵衛、原弘、伊奈信男らと日本工房を設立。1934年には海外向けグラフ誌『NIPPON』を創刊し、写真、文章、デザイン、印刷を統合した編集手法によって、日本の報道写真とグラフィックデザインに大きな影響を与えた。
日本工房は1939年に国際報道工芸株式会社へ改組。戦時下では国際文化振興会、内閣情報部、陸軍などと関わりながら、対外宣伝用の出版物や写真資料を制作した。名取自身も中国へ渡り、上海を拠点に出版・文化事業に携わった。
戦後はグラフ誌『週刊サンニュース』を創刊し、1950年からは『岩波写真文庫』の編集に従事。写真を視覚的な言語として構成する方法を追求するとともに、三木淳、長野重一、薗部澄ら若い写真家や編集者を育成した。
主な出版物に『GROSSES JAPAN=大日本』(1937年)、『麦積山石窟』(1957年)、『ロマネスク 西洋美の始源』(1962年)、『人間 動物 文様 ロマネスク美術とその周辺』(1963年)など。2006年には『名取洋之助写真集:ドイツ・1936年』が刊行された。
< Related Figures >
木村伊兵衛、原弘、河野鷹思、亀倉雄策、土門拳、熊田千佳慕、藤本四八、日本工房

